「心のコラム」カテゴリーアーカイブ
からだが語るストレス
あなたは「会社に行きたいのにおなかが痛くて」「朝起きられない」という経験がありますか? つらいですよね。さらに追い打ちをかけて、家の人から「早くしないと遅れますよ」などと言われると、「うるさい!」と余計にイライラしてしまったり、それでも動けない自分がほとほとイヤになる。
そんなとき、多くの人が自分の弱さを考えます。「意志の力が弱くてこうなっちゃうんだろうな」と、意志の弱さを嘆いたりして。
仕事や学校は決められたスケジュールで毎日続いています。でも人間は生身ですから、毎日絶好調ではありません。調子のよい日と調子のでない日があります。しかし冷酷なことに、職場や学校の始まる時間は決まっているし、やることは毎日毎日たくさんあります。
スケジュールに自分をあわせなければいけないことばかり。ほんとに大変なことです。
そこで、「行かなくちゃ!」「みんなに迷惑かかるし」などと自分に言い聞かせたり、奮い立たせようと自分を説得したり、出勤前、登校前の自分との戦いが繰り広げられます。
そういうとき、「もう限界なんだよう!!」「意志の独裁政治はもうごめんだ」と、からだは反旗をひるがえして自己主張するのです。自分のからだを意のままに頭でコントロールしすぎて「意志の命令」中心に動いていると、からだが革命を起こすのです。
元気なときには、人間は意志の力で行動していると思っています。しかし、ストレスでダウンすると意志の力ではどうにもならない自分と向き合うことになります。なぜなら、意志の力は「自分を守ろうとするからだの力」にはかなわないからです。
「意志」は監督、「からだ」は選手みたいなものです。監督の指示と、選手の活躍がちょうどいいバランスの時チームは優勝します。監督の要求が多すぎたり、選手が疲れ果てたりしていては試合に勝てません。選手を信頼し、大切にすることが監督の大事な仕事です。
そして、戦うときと休むときのメリハリも大切です。試合のないとき、オフシーズンには選手が楽しめるように監督の計らいが必要ですね。そして、選手の調子をよく見ながら監督が指示を出せば、「自分」というチームのみんなが楽しく生活できます。
「ストレスでからだを壊した」「ストレスで能率があがらない」と嘆く前に、自分のもうひとつの側面が悲鳴をあげていると考えると、ちょっぴり自分のからだにやさしくなれます。
そして、ストレス問題に悩んでいるお知り合いにもその目を向けてあげましょうね。
本音ってどこにあるの?
「ついカッとなって」「口が滑って」「あの時はどうかしていて」というように、あとで「しまった」と思うような、ばつの悪い思いをしたことはありませんか? そこで、今回は「本音」について考えてみましょう。
例えば、酔った時にはアルコールの作用によって、大脳皮質の働きが抑制されます。そのために脳の中の本能的な部分の活動が表面に出やすくなります。そして、酔っていない時に抑制されている感情や欲求が表に出てきます。
酔ってからむ人、やたら陽気になる人、泣き上戸の人などは、そういう感情や欲求を内面に持っている人です。酔うことによって、その人の持っている心の傾向が明らかになります。そのときの言動は、確かにその人の本音の 1つなのです。
また、「雰囲気でつい」「相手があんまり聞き上手だから」ということもありますね。人間は相手や雰囲気によって、かたくもなりやわらかくもなります。家族の前では甘えが出たり、ライバルの前では意地を張ったり、会議の場では理性的であったりと、人間はいろいろな顔を持っています。
そして、それぞれの場面で甘えた心、わがままな気持ち、理性的な心などが自分の中にあります。どの顔も心も、あなたには違いありません。いろいろな気持ち、態度をもって生きているのが人間です。
こう考えてみると、その時々の本音があるように思えませんか? いくつもの本音があると考えてみてはいかがでしょうか? ほとんどの人が、状況や場面で考えや態度が違ってきます。「どれが本音か」と悩むより、「その状況ではそういう気持ちが自分の本音だったのだ」と理解してみましょう。きっと、自分のいろいろな性格の側面が理解できるようになるでしょう。
今日から、自分の気持ちや態度がどういう場面でどう変わっていくかを観察してみてはいかがでしょうか。よくわからないときには身近な人に聞いてみるのもよいでしょう。その時々の自分の本音が浮かび上がってくると思います。
そして、自分のたくさんの本音に気づけるようになると、「あれは本音だったのだろうか?」と悩むこともなくなり、その時々の自分と向き合えるようになります。さらに、この視点を人に対しても向けてみると、「あのときああ言ったじゃないか!」ではなく、「そのときのあなたはそう感じていたんだよね」と、受け入れることができるようになるでしょう。
こうなったのは誰のせい?
人はそれぞれ性格が異なり、どんな性格にも一長一短があってどの性格が良くてどの性格が悪いということはありません。しかし、他人との関係で極端な態度をとり続けると不適応を起こしやすいことは確かです。
例えば、何か失敗したときの責任をどう受け止めるか、ということで2つのパターンを見てみましょう。
●Aさんの場合…
「あっ」夕食の支度をしていた妻の横で、コップを落として割ってしまったAさんは言いました。
「ごめん。君が忙しいときに僕が後ろから来たからぶつかったんだよな。ケガなかった?大丈夫かい…」
「いいえ、あなたこそ大丈夫?」
●Bさんの場合…
「あっ」夕食の支度をしていた妻の横で、コップを落として割ってしまったBさんは言いました。
「まったく…!君が後ろに気をつけないからぶつかったじゃないか。気をつけろよ!」
「あっ、ごめんなさい…。」
いかがですか?同じ状況でも、コミュニケーションがちょっと違いますね。
ストーリーの違いは、「原因」をどう見るかの違いです。Aさんは「自分に責任がある」と感じています。それとは対照的にBさんは「相手に責任がある」と感じています。
心理学ではたくさんの性格分類がありますが、その1つとして、つぎのような性格のタイプ分けがあります。
・失敗したときに自分のせいにしがちな人=内罰タイプ
・失敗したときに他人のせいにしがちな人=外罰タイプ
「内罰(ないばつ)タイプ」の人は、謙虚だとか責任感が強いとほめられるけれども、実はストレスを一人でかかえてダウンしやすく、場合によってはうつ病や神経症になりやすい人です。反対に「外罰(がいばつ)タイプ」の人は、神経症になりにくいけれども、まわりの人から自分勝手だとかずるいと思われがちです。
実際には、多くのトラブルは100%誰かの責任ということは少なく、多かれ少なかれ両者に責任の一端があります。 人間関係を大切にそして精神的にストレスを背負いすぎないコツは、バランスをとること。極端に責任を他人のせいにしないことと同時に、引き受けすぎないことです。
ご自分のことを振り返ってみましょう。明日のあなたのために…
イメージトレーニングの秘訣
「百聞は一見にしかず」といいますが、ビジュアルな情報は言葉をはるかに凌いでいます。ですから、建物を建てるときには設計図だけではなく「完成予想図」とか、「模型」「モデルルーム」などをつくりますね。それほどに「一見」の価値は大きいのです。
イメージトレーニングはその「ビジュアルな情報」を利用した、心のトレーニングです。
みなさんは温泉番組はお好きですか? タレントの方が気持ちよさそうに露天風呂に入るシーン、おいしそうに名物料理をほおばる姿に「行ってみたいな …」という気にさせられます。イメージトレーニングは同じ原理を使っています。つまり、「わくわくする体験」で行動を促すのです。今まで以上の成績や成果をあげる、新たな技を習得するなどのためにイメージを使うことが最近盛んになりました。また、自分を癒すイメージを利用して、遠くまでいかなくても、心のリゾートを体験することもできます。イメージの力は強いのです。
「ゴルフのイメージトレーニングをやってもなかなかスコアが …」
「やせるイメージを描きながらダイエットしているのになかなかやせない …」
ゴルフなら練習も必要ですし、ダイエットならそれなりの運動やカロリーコントロールが必要です。ですから、描いただけで成果が手に入るという夢のようなことはありません。
でも、イメージトレーニングはその努力を続ける力を維持し、達成を早める効果があります。「~だったらいいのにな …」という漠然とした夢をもっているのでしたら、あきらめずに、「イメージ力」をつけて、実現する姿を手に入れてみましょう。
トレーニングをしてもうまくいかないという人の共通点は、以下のとおりです。
1. イメージが不明確である場合 → 抽象的であったり、はっきりとしていない
2. どこかで成功を疑っている場合 → 「願望」から抜け出せないでいる
3. 不安な気持ちが入り込んでいる場合 → どこかで「言い聞かせ」になっている
それぞれへの対策としては・・・
1. なるべく五感すべてを使って、それが「実現した状況」をリアルに体験する
2.「~だったらいいのに」ではなく、「~になる」と、実現した姿を肯定形で描く
3.「できていない自分」「予想される困難」が思い浮かんでも、ただゴールのみを描く
イメージトレーニングを成功させるには、「かげり」を作らないことがコツです。 実際のゴルフの練習やダイエットでは、そのプロセスには努力や難しさと向き合うことに なるでしょうが、イメージを描くときには、晴れ渡った青空を見上げるようなさわやかな気分で、子供のように純真に描きましょう。イメージという推進力をエネルギーとして、成果を手に入れるまでの過程が楽しい期間に変わるのです。
まずは青空というおおきなキャンバスの中に、ゆっくり流れる白い雲をながめながら、あなたの「夢」を具体的なイメージとして描いてみませんか? しっかりイメージができたら、からだが実現に向けて動いていることに気づくでしょう。
バージョンアップしないからだのシステム
みなさんソフトウエアのバージョンアップ、していますよね。バージョンが新しくなるたびに使いやすくなり、問題点も改善されてきています。
生物も地球環境の変化や生態系によって少しずつ進化していきます。
でも、生物の進化はゆっくりです。ソフトウエアのように、毎年のようにバージョンアップしてくれません。
われわれのからだは紀元前からほとんど基本的な構造は変わらないままなのに、文化や道具はどんどん進化して、生活はめまぐるしく変化してきています。食べ物が豊富になった現代では厄介者扱いされる「体脂肪」も、何日も食料にありつけないことが当たり前だった昔の人間を飢えから守ってくれていました。本来は人間の飢餓状態に備える適応的なからだのシステムが、現代生活スタイルにあわなくなっているのです。
ストレスについて考えてみましょう。大昔の人間にとっての怒りや恐怖の場面は野獣におそわれるストレスだったり、他の部族との戦いであったりしました。
つまり、その不安や恐怖、怒りなどの次には自律神経が反応して筋肉運動を伴うアクションがセットになっていました。学問的にも「闘争か逃走かの反応」といわれる心身の反応です。
現代では、人間の活動も社会的なものや理性的な活動が多くなってきていますから、ストレスの内容も精神的なものや社会的なものであることが増えてきました。「仕事に追われている」とは言いますが、オオカミに追いかけられているわけではないのですから、「走って逃げる」という行動で解決するわけにはいきませんね。そのような現代でも、からだは走って逃げるに適した反応をします。
つまり、ストレスを感じると、筋肉に酸素を送り込むために心拍数や呼吸数が上がって、相手や周りをしっかり見るために瞳孔が開いて・・・というからだの反応を起こします。それは、肉体的な危機状態に対しては実に適応的に働くシステムですが、仕事に追われてデスクに向かっている人にとっては、ただ落ち着かなく、エネルギーばかり失うということになってしまいます。からだのシステムの進化は社会の進化に追いついていないのです。
さて、ストレス解消のヒントです。
バージョンアップしてくれないからだの反応を利用したストレス軽減の方法があります。不安やイライラがはじまったら、少し手を休めて軽い筋肉運動をしてみましょう。大昔から備わっている我々のからだのシステムにあった対応をしてみるのです。
ウォーキングやジョギングなどがいいかもしれません。ちょっとした不安やイライラなら、スッキリと軽減されます。ストレス対策のメニューのひとつに加えてみてください。
本物のポジティブシンキング
「ポジティブシンキング」という言葉をきいたことがありますか?日本語にすると「肯定的な考え方」というところでしょう。ポジティブな考え方や生き方ができることは生活を豊かで楽しいものにしてくれます。しかし、ポジティブシンキングの盲点を知らないでいると、「前向きな考えで苦しくなる」ということもあります。例をみながらご一緒に考えてみましょう。
Aさん
「僕は何をやってもだめです。何をしても中途半端で…、きっと将来もいいことないな…」
Aさんの先輩
「まあ、そうくよくよしないで。挑戦する気持ちがあるだけでもすごいよ。その精神がきっといつか何かをつかむ気持ちを生むことになるよ!!」
Aさん
「そうですね。こんなに弱気じゃだめだ!絶対にこれから悲観的になんか考えないぞ!」
Aさんはその時は、先輩の言葉で元気が出たのですが、一人になると、その元気も長続きせず、翌日には、またため息をついている自分に気づいて、「なぜだろう?」と思ったとのことです。
Aさんのネガティブ(否定的)な気持ちに対して、先輩は「ポジティブシンキング」で、はげましました。ここまではとてもいいですね。ところが、Aさんは自分の気持ちや行動を立て直そうとして、「新しい自分に生まれ変わろう」と焦ってしまいました。ここがポイントです。
ポジティブになろうと焦るあまり、今の自分を「あるがまま」に受け止められずに「だめだ!」と否定してしまっているのです。これでは「ポジティブ」という名の「否定」です。
今の自分から目を背けようと焦ると「現状の自己否定」になってしまいます。これでは、本当のポジティブとはいえませんね。ポジティブシンキングが成功するには、現状の自分もあるがままにしっかり見ながら、現状も未来も同様に「肯定的に考える」ことが大切です。
今の自分を大切に!これがポジティブシンキングの原点です。
パーソナルスペースを感じよう
人間は人と人の距離を心理的に感じて、一番心地よい距離を持っています。それを心理学では「パーソナルスペース」といいます。パーソナルスペースに他人が進入してくると違和感を感じます。
異性と並んで話していて、偶然肩が触れ合ったとき、「ごめんなさい…。」とすっと相手が肩を引いたとします。するとあなたは「友達なんだな」と感じますが、そのまま肩が触れたまま話し続けたとき、「あれ…友達以上の気持ちを持ってくれているのかな?」と思いますよね。それは、相手のパーソナルスペースに入れてもらった(=心のバリアを解放された)と感じ取っているためです。
満員電車の中や混み合っているエレベーターの中で、知らない人とぴったりくっついているという状態は、心にとっては本来不自然な距離です。そんなときに、人の心は自動的に「パーソナルスペース」を放棄しています。でも、エレベーターの中の人が少なくなってくると、自然に相手との距離をとるようになりますよね。
空間に余裕が出てくると感性のスイッチが復活するからです。
自分が親しみを持っている人や空間ではパーソナルスペースは狭くなります。つまり、接近したくなっています。反対に嫌いな人や空間ではパーソナルスペースは広くなります。ですから、自分と相手の「関係性」がここから理解もできます。
同じ程度に好意を感じているときには問題ないのですが、「相手が好意を持っているけれども、自分は苦手・・・。」という場合には、そのパーソナルスペースにずれが生じて、なんとなく雰囲気に違和感を感じることになります。
人と良い関係を作っていく上では、相手のパーソナルスペースを尊重すること、そして自分のパーソナルスペースを自覚し、そこでの雰囲気から心の距離を感じ取る感性を育てることがとても役立ちます。
「盲点」を見てみよう
自分では分かっているつもりでも、気づかないところを“盲点”と表現します。
「・・・というところが、意外と盲点になっていてね」というように、日常で使うことの多い言葉ですね。ところで、みなさんは視覚的“盲点”を実際に確認する方法をご存じでしょうか?今回は、その確認方法について紹介します。
では、さっそく筆記具とメモ用紙を用意してください。
1.左に×印、右に●印を15センチメートル離して描いた紙を作ります。
(それぞれの印は2センチメートルくらいの大きさに濃く描きます) ×←・・・15センチメートル・・・→●
2.そのメモ用紙を片手に持って、左眼をつぶって×を見続けます。
3.メモ用紙を目から50センチメートルくらい離したところから徐々に近づけます。
4.右目で×を見続けていると、ある距離で急に●が見えなくなります。
5.そこがあなたの右目の盲点です。
どうでしょうか?盲点は確認できましたか?
自分では見えない点が、このように確かにあるのです。見えない点ですから、もちろん普段はその視野の欠けているところに気づくことはありません。
「自分のことは自分が一番わかっている」「自分の意見は正しい!」という人も、もしかしたら、気づいていない盲点が他人には見えているかもしれません。「あなたは大丈夫というけれど、少し無理しているように見えるけど・・・」「確かに立派な意見だけれど、何か足りないところがあるように感じる・・・」というまわりの人の言葉に耳を傾けてみましょう。盲点は自分では見えないのですから。
ドミノ倒しに学ぶ
ドミノ倒しの楽しみは、長時間かけて並べたドミノを自分で倒し、それがきれいに倒れていくさまを見る快感です。一瞬の快感のために大変な労力をそそぐ・・・。
人間は一方では、なるべく楽をしようとするのに、一方では、大変な時間とエネルギーを注ぎ込むところに快感を得る動物です。全く不思議です。
パタパタと流れるように倒れていくドミノが途中で止まることもなく、最後まで倒れたとき、並べた人は手をたたいて大喜び!見ていてもどきどきしながら手に汗握る瞬間ですね。
ところが、もともと倒すために並べていても人が倒したのでは頭に来ます。
「台無しにされた!」という感じです。同じ倒すのでも、自分でやったのと、人にやられたのでは心にとっては全く違う体験。その一瞬のために呼吸も止めて、そっと、そっと、ドミノを並べてきたのですから。
人間は主体的に一生懸命かかわったことが成果として感じられたときに、生きていると実感することができます。自分で考え、自分で行動し、そして自分でその成果を感じ取る・・・。自分で種をまき、自分で刈り取ってこそ満足感があるのです。
半年かけて大事に栽培したプチトマトの一粒を口にほおばるときの満足感は、スーパーで買ったパックの中の一粒とは全然違いますね。
あなたは自分なりに大事にしている時間がありますか?
集めたコレクションを毎日眺める、ペットと遊ぶ・・・。それぞれが刈り取りです。苦労して自分で集めたコレクションだからこそ、毎日世話をしたり、病院に必死で連れて行ったりしたペットだからこそ愛おしいのです。自分で主体的に関わり、苦労と時間が自分の主体的なものであるからこそ、愛おしい。そんな時間を大切にしたいですね。
カクテルパーティー効果
あなたは病院の待合室や駅の雑踏の中で自分の名前が呼ばれると、自分だけちゃんとわかるという経験をしたことはありませんか?
「よく聞こえたね、私には全然わからなかったけど・・・?」と、隣にいる友人には不思議に感じたりします。心理学ではこのような現象を「カクテルパーティー効果」と言っています。専門用語にしては、ちょっとおしゃれな感じですよね。
カクテルパーティーでは、多くの人が同時にお話をしていますが、人間の耳はコンピューター付きで、自分が聞きたい話、または自分が関心を持っている言葉を選択的に選び出して、そこだけを聞き分けることができます。すばらしいですね。
特に、自分の名前はかなり小さな声でもしっかり聞こえるから本当に不思議です。
この「カクテルパーティー効果」の事実から、その人の「名前」は特別な意味をもっているということがわかります。これを応用すると、コミュニケーションを円滑にするポイントが浮かび上がります。そのコツとは・・・
「相手の名前を入れて会話をすると、コミュニケーションが円滑になる」
ということです。相手の名前を会話に組み込むようにして話すと、相手はあなたの話に注意を向けるようになりますし、名前を呼ばれることで親しみを持ちやすくなります。「ありがとう」を「○○さんありがとう」、「すみません、これ見てくれます?」を「すみません○○さん。これ見てくれます?」というように。
今日から実践してみてください。きっと相手の反応が変わりますよ。